ある大手ハンバーガーチェーンでは出来るだけ味のないレタスを納入するように業者に注文しています。気まぐれな野菜の味に邪魔される事なく最も好まれる味を自社のドッレッシングで均一に提供できるからです。いまや野菜市場では、野菜本来のうま味を求めるのは少数派となってしまいました。流通の効率化と農作業の効率化、それによるコストダウンを含め生産・販売業者の勝手なポイントに重点がおかれるようになりました。
農業の現場の象徴的なお話ですが、先ず業者は梱包箱を農家に購買させるところから始まります。この箱にはキャベツが3個ずつ2列、そして2段重ね、合計12個が隙間なく入るように設計されています。次に特殊な種を購買させます。この種は昔ながらの固定種・在来種ではなく、一代交配種(F1とも呼ぶ)です。一定の大きさになる事のみならず、一定の育ち方なので収穫のタイミングは同時です。農家は育ちを個別に気にせず、一度に全てを収穫して、所定の箱に収めます。単純作業です。昔の八百屋さんでは大小があるので秤売りをしていましたが、今のスーパーでは均一の値札をつます。形状・大小が原因で売れ残る事はありません。よくぞここまで合理化したものだと感心させられます。いつの間にか野菜のうま味を追求する事などすっかり忘れ去られている事も極めて残念ですが、その他に、このF1種には実は怖い話が隠されているのをご存知でしょうか。
F1種は自家採種できません。種を蒔いても2世代では同じものができないからです。従って大手の種屋の思うがままに農家は種を必ず毎年購入する必要があります。最も問題視すべきはF1種の作り方だと思います。複雑な工程は省略して簡単に説明しますと、F1種を作るにはA株の雌しべとB株の雄しべの受粉交配が必要です。例えばタマネギの花を見てみると、雌しべ廻りには雄しべがあり、ひとつの花の中でミツバチ等によって自家受粉されるのが自然です。これではF1種は出来ませんので、A株の雌しべの廻りから雄しべを全て取り除き(除雄と呼ぶ)、異株のBの雄しべ(花粉)を受粉交配させて始めてF1種が生まれます。除雄は気の遠くなるような手間のかかる作業です。今、タマネギ、トウモロコシ、人参、テンサイなどといった未だ一部の野菜ですが、「雄性不捻」の利用という画期的な方法を開発しました。動物の世界でも雄の不妊(無精子症)があるように、植物も同様に雄しべ(花粉)のない花が突然変異で稀にできます、これを見つけて利用する方法を編み出したのです。即ち、雌しべしかない突然変異の株Aを増やして別の株B(雄しべがある正常な花)の雄しべ(花粉)を密閉したハウスの中でミツバチで交配させます。こうして人の手間をかける事なくF1種を作る手法を可能にしたのです。いま私達は、こうして出来たタマネギ、トウモロコシ、人参、テンサイなどを日常生活で何も意識もする事もなく体に入れています。そんな不自然な秘め事は意に介さず大手の種屋はあらゆる野菜で雄性不捻種を宝探しのように必死に発見しようとしています。こうして将来多くの野菜が雄性不捻に基づくF1種になってしまう心配をしなければならない事態になっています。
余談ですが、ある時、F1種を作っている密閉されたハウスに何頭かの野生の猿がハウスのビニールカバーを破って入り込みトウモロコシが食べられたという小事件が起きました。猿が食べたのは雄しべがある正常なBのみであり雄しべのない突然変異株のAには手を付けませんでした。この事実は、すっかり自然の感性が鈍ってしまった人間に対して警鐘をならすものではないでしょうか。
種を征するものは食料そして世界も征すと言われています。アグリ・ビジネスの多国籍巨大企業の数社は食料の大量供給、農業の効率化の名の下に様々な研究開発をしています。例えば、除草剤に耐性のある遺伝子組み換え植物があります。M社は除草剤と種をセットとする事で付加価値をつけて販売しています。ナタネからとる植物油が典型例ですが、従来の種を長年守っていた農家がM社から特許侵害で訴えられ社会問題化しています。迷惑で身勝手な話ですがM社の種の花粉が飛散して交配してしまった事がM社では特許侵害だと主張しているのです。また、法的に認められませんが自殺する種(ターミネーター種と呼ぶ)の開発がされました。2代目の種は発芽しないのです。企業にとっては種の販売が永久保証される都合の良い仕組みとなりますが、自然の植物と交配して従来種が汚染されると一体自然はどうなるのでしょうか。
こういったF1種や遺伝子組み換え種に対して、自然の中で野菜本来のうま味を重視して選別されてきた種を「固定種」と呼びます。単純に美味しいので固定種を選ぶという私達の感性を大切にしたいと思いますが、思うままに私達の美味しい野菜の殆どすべてをF1種に置き換え、豊かな自然まで破壊しかねない巨大アグリ企業の野望・陰謀は何とかして止めたいものです。